勾玉専門店 国産糸魚川ヒスイの原石を用いた勾玉造りを京都最北端の地”丹後”にて行っております

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月の輪田

月の輪田

京丹後市峰山町二箇小字苗代に「月の輪田」と呼ばれる特殊な遺跡が存在する。形は三日月型で大きさは五〜六メートル程の小さな田んぼが南北に横たわっているだけで辺りには他になにもない。そこは盆地の中程にあり、周囲を古代史に関係する山々が囲んでいる。北西の端の久次と呼ばれる集落があり、そこには元伊勢を名乗る「比沼真奈井神社」があり、 祭神は豊受の大神で月の輪田の成立に関係の深い神を祀る。この月の輪田は規模からしても食料となる米を生産していたとは考えにくく、儀式としての役割があったようだ。この場所は元々、神域に属する場所であり、この他にも「清水戸」と呼ばれる白濁した水が湧き出る、いつでも枯れる事のない井戸(豊受大神がはじめてこの地で豊作を試み、苗を浸した所と伝わる) が五百メートル程の場所にある。また、古老の話によると中世には一キロメートルぐらいの場所に黒い色の鳥居があったとも伝え聞いている。

現在の伊勢神宮のように当時(古代)には広大な神域を擁していたようである。豊受の大神は、元々、丹後半島にはいなかった神である。古代のある事件が理由で東北地方より来丹した神である(数百名を連れ船に乗ってやってきた)これを天降ったともいう。丹後半島に伝わる天女伝説(およそ八名の天女)は、この時に付き従った神になる。豊受大神は政務を司り、 製鉄、養蚕、織物、米作り、酒作りなどを伝えた神である。その中の最も重要な事が「ヒツギ」と言うことである。現在の天皇家に伝わる大嘗祭は、これを儀式化したものである。(さきほど登場した「久次」という地名もこの「ヒツギ」に関係しているようだ…)。さて、古事記には天孫が天降った時に天照大神より、ニニギの命に稲穂を与えた事が記されているがこの事は、 「ヒツギ」を暗示している。稲は米、一粒は「ヒ」を内包している。「ヒ」とは、すなわち魂の表現であり、命の核でまある。古代におりて、「月」というものは重要な天体であり、暦の一つでもあった。特に月の中でも三日月のような月は生命現象を司る形態を示すものであった。月の輪田は単なるセレモニーではなく、実際の生命活動に合致した行事を行ったものと考えられる。

交通:北近畿丹後鉄道峰山駅下車。タクシーにて苗代にて下車。 ポイント:東北から天下った豊受大神が稲を植えた田。

 

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