勾玉専門店 国産糸魚川ヒスイの原石を用いた勾玉造りを京都最北端の地”丹後”にて行っております

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玉匠

作家名:青舟(せいしゅう)

年齢:57歳

本名:小西 良太

・鉱物収集
・刀剣鑑賞
・古鏡鑑賞
・笛
・古代史探索(フィールドワーク)
・古代の技術発掘
・丹後七仏薬師研究・丹後太刀振り保存会理事

略歴

幼少の頃(3歳〜10歳)は特異な体験をする体質であった…。以降、28歳まではごく普通の毎日を送っていたが、ある日突然、日本の古代に人智を超越したのモノ存在ががあると目覚める。

その後、何かに導かれるように、特に丹後・丹波の遺跡・山等を巡る事となる。その頃より神話、古神道さらには玉と言うものに(出雲大社の勾玉)傾倒していくのであった…。

古代の技術に関わる重要な素材としてのヒスイを求めてを新潟県糸魚川訪問する。最初に訪れたのが平成17年5月であっただろうか…。この時はヒスイを拾うことも手に入れることも出来なかったが、引き寄せられるように石たちが集まり、古代では祭祀一族にのみに許された「玉造り」というものに本腰を入れ取り組む事となった…。

古代出雲と越の国は、重要な関係性を持っていた。これらの事柄は日本古代史の闇の部分である。歴史の表に現れない出雲神族、あるいは地方の神族(大国主)の時代、最も謎であるのが国譲りと言う大事件であった。

この真相が詳らかになる時こそ、日本の正史が顕現すであろう。玉の秘密も解かれるのである。仏教の伝来以降、勾玉、玉に関わる文化は日本人の記憶の片隅に追いやられているが、有為転変の世の中にあって、神器としての玉を造る事の重要性を痛感する。

布留玉の社(ふるたまのやしろ)由来

布留フルとは、天降る、振り動かすの意。又は石上神宮のある古い地名でもあります。(フルべの法)(フリユラカシ、由良ユラ)

神気シンキ、魂を振り由良ユラかして、命を再生し、天降りし、神気を玉にこめる場所ヤシロ あるいは場(社ヤシロ又は、森モリと読む)

布留玉の社は単に玉を造る場所ではなく、玉を創造するプロセスにおいて、森羅万象の、基の雛形としての作業を成す所であります。

当工房における布留玉とは

布留玉(勾玉、玉類)とは、宇宙の根源・中心を貫く柱あるいは管をイメージしていただきたい。これを玉の中心へと通し、また、これと合いつながることによって、常にその力を具現化したものである。

古代玉造りの地”丹後”

京丹後市弥栄町溝谷の奈具岡遺跡では、弥生時代中期にあたる約2000年前の玉造り工房跡が発見されている。遺跡からは、玉製品の生産工程における各段階を示す”未成品”や”加工に使われた工具”が多数、出土し、この工房跡では、原石から製品まで一貫した玉造りが行われていたのである。同遺跡で発見された堅穴式住居約100軒も居住空間ではなく、工房であったと言われている。国内でも有数の規模と年代を誇っており、多くの玉造部が神器の作成に携わっていたのであろう。当地の歴史と風土は玉造りに最適な土地柄なのである。

作家名:碧仁(あおひと)

布留玉の社のホームページ運営を行っていたが、青舟の勾玉造り及び活動に感化され自らも勾玉造りを開始する。現在は青舟の背中を追っている最中であるが、いずれは職人として工房の一翼を担うべく、日々、工作に励んでいる。玉造りの職人として目指すべきところは、伝世の玉を踏襲することは文化の承継という意味では重要な事でありますが、それだけに留まらず縄文期の玉のような大胆かつ自由な造形を取り入れ、古墳時代以衰退の一途をたどって来た、玉造りに新たな進化をもたらすことであります。

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