勾玉専門店 国産糸魚川ヒスイの原石を用いた勾玉造りを京都最北端の地”丹後”にて行っております

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依遅ヶ尾山

丹後半島の竹野郡丹後町にある聖地 依遅ヶ山(標高五百メートル)山頂に神代文字の刻まれた巨石が存在している。実際に現地に赴き調査をした結果を書き留めておきたい。

小雨の降る中、登山道入口で車を止め、山頂へ向かう。道は険しく登山道が使われている形跡もほとんどない。勾配のきつい、登り坂を歩き続けること一時間あまり、朽ち果てた木製の鳥居が倒れ、いよいよ神域に入った事を知らせてくれる。しばらく歩くと、視界に巨石が道を挟むように現れる。さらに奥に進むと突然、辺りの風景がまるで平地を歩いているかのように変化した。道の周囲には赤松が群生しているものの、既に標高五百メートルを超えているはずだが暖かい。頂上は間近のようだ。すると、目の前に葛木山で修行をした山岳呪術者、役小角が開いたという、円形の祭祀場が現れる。誰が手入れしたのか、きれいにされている。しかし、目指す目的地はその先だ。下り坂を降りると、いよいよ、依遅ヶ尾の突端、目的地である。

山頂には、ちょうど下界を見下ろすように二枚の岩が対をなしている。その岩の表面に神代文字が刻まれているというのだ。苔むした岩肌を何度も何度も素手で磨く。雨に濡れているため固くこびりついた苔も早く落ちる。光線の加減で表面が見えにくい。それでも指でなぞったり、こすったりして、異物を取り除くと、ちょうど鋭利な刃物で彫刻したかのような、明らかに刻んだ文字が浮かび上がってきた。ホツマ文字に似ているようだが、定かではない。刻み込まれた文字に指で触れているとこんな山頂に、誰かに見せるために、何を伝えるために、どんな方法で文字を刻んだのかと次々に疑問が浮かぶ。

さて、相変わらず雨は降り止まない。眼下には自衛隊のレーダー基地が見える。ふと持参したオイルコンパスで方位を調べることにした。方位を調べる際に、岩の磁性も調査した。文字の刻まれた岩にコンパスを置くと十度の傾きが生じた。対面にある巨石にもコンパスを持って行き、岩の稜線沿いに動かすと、驚いたことに、百八十度回転する。それではと、周囲の岩や小石、土まで調べてみると、土には反応するものと、反応しないものがあることが判った。小さな石でさえコンパスを百八十度回転させる磁性を持つが、周囲の土にはそれがない。その石を掘り出して持ち上げると、磁性はみるみる弱くなり消えていく。実に不可思議である。

この依遅ヶ尾山は、もとは女人禁制の聖山で、ふもとにある斎宮の奥宮である。その斎宮は竹野神社ともいわれ、かつて斎宮の祭事の中で、十四歳未満の少女を白羽の矢で選び、依遅ヶ尾山、山中に一晩放置し、巫女に仕立てたと伝えられている。世間を知らない十四歳の少女がわずか一晩、依遅ヶ尾の山中を、さまよう事で神と通じる巫女に変身すると言うのである。

さて、相変わらず雨は降り止まない。眼下には自衛隊のレーダー基地が見える。ふと持参したオイルコンパスで方位を調べることにした。方位を調べる際に、岩の磁性も調査した。文字の刻まれた岩にコンパスを置くと十度の傾きが生じた。対面にある巨石にもコンパスを持って行き、岩の稜線沿いに動かすと、驚いたことに、百八十度回転する。それではと、周囲の岩や小石、土まで調べてみると、土には反応するものと、反応しないものがあることが判った。小さな石でさえコンパスを百八十度回転させる磁性を持つが、周囲の土にはそれがない。その石を掘り出して持ち上げると、磁性はみるみる弱くなり消えていく。実に不可思議である。

この依遅ヶ尾山は、もとは女人禁制の聖山で、ふもとにある斎宮の奥宮である。その斎宮は竹野神社ともいわれ、かつて斎宮の祭事の中で、十四歳未満の少女を白羽の矢で選び、依遅ヶ尾山、山中に一晩放置し、巫女に仕立てたと伝えられている。世間を知らない十四歳の少女がわずか一晩、依遅ヶ尾の山中を、さまよう事で神と通じる巫女に変身すると言うのである。

依遅ヶ尾山(標高540メートル) 交通 北近畿タンゴ鉄道峰山駅下車。登山口までタクシーで約30分。山頂まで徒歩約1時間30分 ポイント 山頂付近に巨石群。神代文字。磁気異常あり。神域のため身を清めて登ること。*熊が出没するため注意が必要 竹野神社(斎宮) 住所 京都府京丹後市丹後町宮249 交通 依遅ヶ尾と同じ ポイント垂仁天皇に仕えた、この地方の豪族の娘竹野姫が郷里に帰り、天照大神を奉斎したことに始まるとも伝えられる。本殿右には摂社斎宮神社があり、麻呂古親王はここに合わせ祀られたとする。依遅ヶ尾山は斎宮の奥宮と言われている。

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